宇部市在住書家『池田知穂』公式ブログサイト
5月 29日(金)
「和気高堂に満つ」と読む。部屋の中が和やかな雰囲気で満たされると言う意味。
このような言葉が掛け軸とかに書いて家のなかにあるといかにも縁起がいい!と昔人間の
母が喜びそうな言葉だ。
私がふだんよく書いている「近代詩」と違って書道っていう感じがする。今や近代詩なくしては
現代の書は語れないほど浸透してきた。実は30年前今の師である矢田桂雪先生に師事する
まで近代詩は知らなかったのだ。初めてみたほそーくて、柔らかい筆を魔術師のように
あやつる師の書作風景に吸い寄せられるようだった。そして詩や俳句などを表現する近代詩に
これからの日本の書はこれだ!などと密かに想い傾倒していってそのままどっぷり浸かってる。
でもでも基本は線、漢字は線を鍛えるためにも不可欠。それに漢字をこうしてじっくり書いていると
背中がピーンとして心地よいものだ。
5月 28日(木)
京都で仕入れた手ぬぐいをバックに「鳳」とかいてみた。
最近は手ぬぐいも色々おもしろいものがあって楽しい。昔ながらの図柄もいいが、デザインが
斬新でそのまま額にいれたいものまで様々だ。和風小物はさすが京都、何枚か購入したので
また使ってみたい。帰ったとたんに当然ながら忙しい、今日もボランティア授業に行った学校の
子供達からの手紙のお返事書き、教室と書三昧の1日。でも考えるとこれが私らしくて良い感じ!
5月 28日(水)
じっ、じつは...母達との旅はインフルエンザで話題沸騰の大阪・京都だった。
仕事の都合もあり予定変更ができなくて、マスク・消毒ティッシュ持参のドキドキ旅だった。
ところが行ってみると報道とは大違いの緩やかな雰囲気で拍子抜けだった。京都はそのせいか
観光客が少なめで返って良かった。
心に残ったのは三十三間堂の千手観音。数の多さと中央の巨大観音には圧倒された。
スゴイ数と巨大な観音様に昔のひとは思わず、ひれ伏して涙したに違いない。私も思わず
吸い寄せられるような錯覚におちいった
5月 23日(土)
明日から母の80歳のお祝いに妹と私の娘と私が母と共に女4人旅に出かける。
留守をするとなるとただでさえ多忙なのに...もう、たいへんだ!なんとか今日の締めにと
筆をとったが忙しまぎれではうまくいかない。「こころ」と書きたかったが寂しくなって作品に
ならず、しかたなく漢字を加えて「樹のこころ」とした。
「こころ」は先ほど、赤崎小学校の3年生からのボランティアのお礼の可愛いお手紙への
お返事に書いた言葉だ。書は一生懸命書く「こころ」が大切です、なんて偉そうに書いて
しまった!でもこれは本当の私の気持ち。
帰宇は火曜日の夜です。
5月 22日(金)
「忘れちゃっておくれ、あの日のこと...くやしかったあの日のこと、けれどそれももう過ぎ去って
じゃあね、年をとるのはこわいけどぼくにはぼくの日々がある」
年をとる?私の詩ではないですよ。でもこの頃1日1日老いへ向ってひた走る自分がわかる。
これは、谷川俊太郎の詩「じゃあね」という題名の詩だ。
楽しかったことにも、くやしかったことにも振り返るな、忘れよと言っている、そしてさりげなく
じゃあねと言うのだ。年をとったら、色々経験もたくさん!背負うものも多いが、そういったものも
取捨選択が大切かも...谷川さん本人に聞いてみないと解らないけど、年をとったら、引き算
割り算といっているのかな?
5月 20日(水)
「行ってきますをくりかえし、わたしも進もう、あしたに向かって」
なんて希望に満ち溢れた言葉だろう!
女は口を開けば愚痴の連発、体の不調を並べ立てる動物のようだ。それに対して男は愚痴は
言わない、黙っている動物?本当かねえ?と思う。
もっとも、具合が悪いなどと一言でも言おうものなら、たちまちふだんの不摂生を奥様から
とがめられるので言えないんだ、とは書仲間のHさんの話、おもしろい...うちの夫は?
いずれにしても、言うも言わぬも限度もの、って気がする。
心がけとしては少々の愚痴は呑み込んで、あしたに向って歩きたい、デスね!