活動紹介

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感性を磨く

山口新聞 東流西流 平成19年2月17日(土) 掲載

きょうはちょっと難しい禅問答のような話。美とは何という問いに対して鐘の音という答え。その心は音を発生する鐘は鐘突き棒で突くことで、 初めて音が発生する。美も同じで美を発生する物に感じる心が出会ったとき、初めて美は発生し存在する。その物は自然の景色や花、 または絵画や音楽、書も含まれる。以上は師から聞いた話。難しいがなるほどと思う。有名な絵画展など多くの人が殺到するが、 果たしてどれだけの人がピカソやモネを理解していることか?要するに美に対して感じる心、感性を磨いておかないといけないということだ。

私は書に関わる者なので、書を通して自分を磨くことになる。完成は生まれながらのものと言うが、積み重ねて磨くことも必要だ。 若いころは豊かだった感性も放って置くとあっという間にしぼんでしまうから油断大敵だ。

昨年十月からパソコンに挑戦し、ブログを開設した。いわゆる日記帳だがいつも作品を一枚添付する。書きためた作品ではなく毎日書く。当然、 その日によって駄作もあるが、自分のありのままを残すというのがいい。そして、いつも作品の素材や日記の話題を求めて過ごしているのがいい。 これが集中力や自然を感じる力になるとひそかに期待している。

【山口新聞 東流西流 平成19年2月17日(土) 掲載】


正々堂々

山口新聞 東流西流 平成19年2月10日(土) 掲載

一月二十七日、山口宇部空港で行った書のスーパーパフォーマンスはたいへん盛り上がった。昨年から始まったもので、 私は昨年から二回目の参加だった。スーパーというだけに、紙は2メートル×4メートル、使用する筆も直径約6センチ、 穂の長さは22センチもある。実際に墨をつけて紙の上に立つと筆の重さと紙の大きさに負けそうになる。ここまでくると技術ではない。 気合というか爆発するようなエネルギーが必要だ。

「ひかる風」と書いた私の作品はその場で天井から吊り下げられ、皆さんの頭上に披露された。 がんばったわりに作品の出来は十分に満足のいくものではなかった。ただ見てくださった多くの方から「感動した!」 「胸にグッときて涙が出そうだった」などの声を聞き私も嬉しかった。私は技術的にも体力的にもほかの男性の先生に及ぶものではない。 一生懸命に取り組む姿や集中するエネルギーを感じてもらうことができたら十分だ。

大げさだけど、人生と一緒だと思う。結果が良ければ当然そのほうがいいが、そうでなくても取り組む過程が悔いのないものなら満足感はある。 目先にとらわれず正々堂々と胸を張って生きたい。もっともこんな生意気言って書一筋で生きてゆけるのは周囲や家族の支えと理解のおかげ。 感謝の気持ちでいっぱいだ。

【山口新聞 東流西流 平成19年2月10日(土) 掲載】


よろこび上手

山口新聞 東流西流 平成19年2月3日(土) 掲載

毎日が書三昧、自分の書と書塾で明け暮れる。世間が狭いといえばそうだが、その中で色々な人との出会いがあり結構楽しい。 このころの子供の変化には憂えることも多いが、思わず嬉しい気持ちになることもある。

一月末の山口宇部空港での書のスーパーパフォーマンス案内書を教室で配ったとき、一年生の女の子が自分のブレスレットについている勾玉 (まがたま)を差し出して「貸してあげる」という。聞けば近くの神社で買ってもらったもの。 自分もドキドキするときこれをつけていたら大丈夫だから、みんなの前で書くとき先生が失敗しないように貸してあげるというのだ。 やんちゃでわんぱくな子なだけに思わずホロリとさせられてしまった。家庭でしっかり愛されて育てられているんだなあと感心した。

人間は喜び上手がいいと、何かの本で読んだ。どんなに過酷で大変な毎日でもよろこびを持って生きたい。それは持っているだけでなく、 ささいなことでも探し出すことに慣れなさいと書いてあった。私のように平凡な毎日であっても勾玉を貸してくれた女の子の優しさにふれたり、 自分のつたない作品がちょっぴり満足いくものであったり、そんな小さなよろこびを糧として明日も頑張らなくてはと思うこのごろだ。

【山口新聞 東流西流 平成19年2月3日(土) 掲載】


小さな一歩から

山口新聞 東流西流 平成19年1月27日(土) 掲載

お正月の報道は必ずしも楽しいニュースばかりではなかった。家族の中で命を奪い合うと言う悲しい出来事。教育の危機と言われて久しいが、 現代人は何か心にぽっかり穴でも空いているのだろうか?書道教室を通して多くの人に接しているが確かに変化を感じる。 目先の結果だけに一喜一憂する教育では人間として大切な心が育つはずもなく、些細なことですぐにキレてしまう子も多い。

日本やヨーロッパの心理学者によると、手で文字を書くことで人は少しでも美しく書こうとし、その気持ちを人に伝えようとする。 それが情操教育上大切という。情操教育の欠陥が感情の抑制機能を低下させる。つまり「カーッ」となる沸点が下がるというのだ。

書道教室の宣伝のように聞こえるだろうが、美しいものを素直に美しいと思う心や感動する心がなければ人は悲しい。それに我慢する心も大切。 わがままな女の子にきつく怒ったらベソをかき、泣きながら帰宅した。もっとも少々泣かれてもこちらはびくともしないが・・・。 ところが翌週はケロッとして「わがままはいけないの!」と独り言を言いながら楽しそうに筆を進めている。まだまだ捨てたものじゃないぞ、 小さな教室の出来事だけど何事もこの一歩からと自分を励ましている。


【山口新聞 東流西流 平成19年1月27日(土) 掲載】


書のスーパーパフォーマンス

山口新聞 東流西流 平成19年1月20日(土) 掲載

書道というと普通は正座が頭に浮かぶと思う。もちろんそれもあるが大きな字も書く。テレビで見る袴にたすきがけ、 箒のような筆で書くほどではないが、展覧会出品は畳一枚や二枚分の大きさは普通。もちろん立って書き「芸術は爆発だあ」 の心境でストレス発散にはもってこい。性格にもあっているのか、大きい字は大好きだ。相撲でも小兵力士が大きな力士を打ち負かすのは面白い。 非力な女性が大きくダイナミックに書くのも悪くないし、何より好きだ。

好きなことは誰だって努力できる。教室に習いに来る人は皆、初めは戸惑う。次に上達という後押しがあって好きという気持ちが芽生える。 やがて誰もがぶつかる壁、これを乗り越えた人のみが感じる喜び、無残にも敗れた人は好きという気持ちを失い辞めていく。

一度喜びを味わっても何度となく壁は立ちはだかるので厄介。 ひとつのことを続けるには自分の心を好きという状態に常にコントロールしていないとだめなのだ。 私は周囲の支えと幸運もあって書くことを続けている。

今年も山口宇部空港で「書のスーパーパフォーマンス」に参加し、畳六畳ほどの紙に挑戦する。お時間がある方は空港でお会いしましょう。 二十七日午後四時から。

【山口新聞 東流西流 平成19年1月20日(土) 掲載】


幸運の神様は・・・

山口新聞 東流西流 平成19年1月13日(土) 掲載

私の師匠矢田桂雪先生は、初めてお会いしたころは四十代半ば、はつらつとした実業家風で書家には見えなかった。 疑心暗鬼で教室に伺うと、筆をもたれた師のまるで魔術師のような筆使いと、さらに明快な理論に一瞬にして魅了された。

漢字と仮名の基本を踏まえた上で現代文を書く(近代詩文書)という分野の書も身近に感じられたし、 これからの時代の書はコレだ!と思い込んだ。以来、師の後ろを必死で歩いてきたら、いつのまにか自分にも書家の呼び名がついていた。

親から受け継いだ家業をやむを得ずたたむことになり、たまたま巡り合った道だったが、 今となってはそんな体験も私の大きな財産。あのとき師と出会わなかったら、今も家業を続けていたら、現在の私はいない。 これまで体験した様々な事柄がすべて今の私へと導いてくれている。

幸運の神様は前髪しかないのだそうで、自分の前を通り過ぎたあとに掴もうとしても時すでに遅しで、 後ろは髪の毛がない。チャンスは通り過ぎる前にしっかり掴めと言うことだ。いつ来るかわからないチャンスに備え、 日々の努力を惜しまずとはなかなか大変だ。私がいつも頭においているのは、与えられた環境の中で前向きに精一杯生きることだ。

【山口新聞 東流西流 平成19年1月13日(土) 掲載】